IT受託会社専門|資金戦略を設計する行政書士・外部CFO型パートナー
受注残はある。
来月以降の案件予定も埋まりつつある。
数字だけを見ると、しばらく売上には困らなそうに見える。
それでも、口座残高の推移を追うと、経営者の感覚はまったく楽になっていない。
むしろ案件が増えるほど、外注費の支払いと人件費の固定化が先に効いてきて、次の一手が取りづらくなる。
IT受託会社では、このズレが起こりやすいものです。
今回ご紹介する事例は、受託開発案件を複数抱え、売上見込みは立っているにもかかわらず、資金繰りへの不安が消えなかった会社についてのモデルケースです。
相談の表面には「追加で借りるべきか」がありましたが、実際に整理すべきだったのは、受注残の見え方と資金余力の見え方が一致していない点でした。
事例概要(S社)
- 業種:受託開発中心、一部SESを含むIT受託会社
- 年商レンジ:7,000万円〜9,000万円程度
- 組織体制:代表1名、正社員4〜6名、外注パートナー3〜5名
- 当初の相談内容:案件はあるが、追加借入をしておくべきか判断できない
- 表面的な悩み:受注残は積み上がっているのに、資金繰りの安心感がない
- 本質的な論点:売上見込みを基準に経営判断しており、資金が最も薄くなる月の設計ができていなかった
S社では、前期より案件数は増えていました。
単価も一定水準を維持しており、試算表だけ見れば、大きく崩れている印象はありません。
ただ、受注残があることと、自由に使える資金があることは別です。
そこが曖昧なまま、追加の借入と増員を同時に考えていたことが、今回のご相談の出発点でした。
どこに資金構造上の問題があったか
問題は、受注残そのものではなく、その売上が現金になるまでのあいだに何が先に出ていくか、という整理がされていなかったことでした。
S社は請求から入金までおおむね60日前後。
案件によっては検収タイミングが後ろにずれ、請求月が想定より遅れることもありました。
その一方で外注費は毎月先に発生し、月末締め翌月払いが基本。
社員給与や社会保険料の支払いも当然待ってくれません。
つまり、売上見込みが増える局面ほど、先に資金が出ていく構造です。
さらに、案件粗利にはかなり差がありました。
要件が固まっている案件は比較的粗利が残る一方、仕様変更が多い案件や短納期案件では、社内工数と外注コストが膨らみやすい。
受注残全体の金額は立派に見えても、その中身を見なければ、資金繰りの支えとしてどこまで期待できるかは判断できません。
実際、月商は600万円〜800万円前後で推移していましたが、外注比率が高まる月は、営業CFが細くなり、返済と固定費を払った後の残高が固定費の1か月分程度まで落ちる場面がありました。
黒字ではある。
受注残もある。
それでも資金繰りが落ち着かないのは、この「売上の予定」と「現金の移動」の時間差が整理されていなかったからです。
実際に整理した判断軸
今回の支援では、「受注残があるから借りるべき」「案件があるから増員してよい」といった感覚をいったん外し、3つの軸で判断を組み直しました。
1. 固定費カバー月数は本当に十分か
まず確認したのは、現預金で固定費を何か月持てるか、です。
役員報酬、人件費、家賃、共通経費を中心に見た固定費ベースでは約2.0か月前後ありましたが、実務上外せない外注費の平常支出まで含めると、1.3〜1.5か月程度まで下がっていました。
ここで重要だったのは、帳簿上の固定費ではなく、実際に止めにくい支出で見ることです。
受託開発会社では、外注費は変動費とされがちですが、案件を回している現場では、一定期間はほぼ固定に近い負担として動きます。
この実態で見ると、安全幅は見た目ほど厚くありませんでした。
2. 稼働率と粗利の下振れを何か月吸収できるか
次に見たのは、人月モデルとしての稼働率と案件粗利の下振れ耐性です。
この会社では、稼働率が一時的に85%前後まで落ち、しかも粗利の薄い案件が重なると、返済後資金がかなり細くなる試算でした。
単月では耐えられても、それが2か月続くと、広告費や採用費を完全に止める判断になりやすい。
ここで見えたのは、借入の有無より、下振れを織り込んでも資金余力が何か月保てるかのほうが先に決めるべき論点だということでした。
3. 借入返済が次の投資機会を奪わないか
追加借入を検討していた背景には、「今のうちに資金を厚くしておきたい」という意図がありました。考え方自体は自然です。
ただし、返済負担を固定化すると、次の採用、営業強化、広告投資に使える余地は毎月削られます。
今回のケースでは、返済額が月商比で6%台に近づくと、粗利のぶれがある月に新規投資を止めざるを得ない可能性がありました。
そのため、借入は「多めに確保する安心」ではなく、「返済しながら判断の自由度を残せるかどうか」で見ることにしました。
支援の進め方
進め方としては、まず受注残の一覧をそのまま信用せず、請求予定月、入金予定月、外注費支払い月を並べ替えました。
次に、月次の資金繰りを、平常月ではなく「最も苦しくなる月」基準で見直しました。
採用費、広告費、外注費増加、既存借入の返済が重なる月を洗い出し、そこで残高がどこまで落ちるかを確認したわけです。
そのうえで、資金需要を三つに分けました。
既存案件を安定運営するための運転資金。
案件増加に伴う外注費先行分を吸収するための資金。
採用や営業強化といった将来投資の資金。
この三つを一緒に考えると、借入額が曖昧になります。
逆に分けてみると、「今必要なのは全部ではない」という整理ができます。
結果として、S社では追加借入そのものを否定せず、まずは外注費先行と入金サイトのズレを吸収する範囲を優先し、採用投資は受注残ではなく実際の入金推移を見ながら段階的に判断する形に置き直しました。
誤解しやすかったポイント
受注残があるなら資金繰りは大丈夫という誤解
受注残は将来売上の見込みにはなりますが、すぐ使える現金ではありません。
特に入金サイト60日があり、外注費が先払いに近い会社では、受注残が増えるほど一時的に資金が薄くなることさえあります。
外注費は変動費だから、それほど心配しなくてよいという誤解
会計上は変動費でも、現場では案件遂行上すぐに止められない支出であることが少なくありません。
一定期間は固定費に近い負担として見るほうが、資金戦略上は実態に近いことがあります。
借りられるなら早めに厚く持つべきという誤解
借入余力があることと、借入後も自由に動けることは同じではありません。
返済が始まったあとの月次負担を見ずに判断すると、次の投資判断まで硬くしてしまいます。
IT受託会社では、この影響が想像以上に長く残ることがあります。
事例の着地
この事例で整えたのは、借入のテクニックではありませんでした。
受注残、入金サイト、外注費先行、返済負担を一つの流れとして見直し、「何となく不安だから借りる」「案件があるから増やす」という判断から離れることができた。その変化が大きかったといえます。
結果として、経営者の中で、借入の目的と金額の考え方が整理されました。
運転資金としてどこまで必要か。下振れに何か月耐える前提か。返済が次の投資余力を奪わない範囲はどこか。
この順番で判断できるようになると、借入の是非だけでなく、採用や案件受注の受け方まで変わってきます。
まとめ
IT受託会社では、受注残があること自体は悪い材料ではありません。
ただし、それを資金余力と同じように扱ってしまうと、借入判断や投資判断がずれやすくなります。
売上の予定よりも先に、現金の移動と返済負担を並べてみる。
その作業が、思っている以上に経営判断を落ち着かせます。
黒字かどうか、案件があるかどうかだけでは、借入判断は設計しきれません。
自社にとって見るべきなのは、資金が最も薄くなる月、外注費が先行する局面、そしてその状態でも何か月分の余力が残るかです。そこが整理できてはじめて、借りるかどうかの議論が意味を持ちます。
※本事例は実際の相談内容をもとに再構成したモデルケースです。守秘義務の観点から一部表現を調整していますが、判断の構造自体は実務に基づいています。
資金戦略は、一般論で決められるものではありません。
同じIT受託会社でも、入金サイトや固定費構造によって最適解は変わります。
重要なのは、「借りられるか」ではなく「今、借りるべきか」を判断できる状態をつくることです。
まずは自社の数字を整理することから始めてみてください。