IT受託会社専門|資金戦略を設計する行政書士・外部CFO型パートナー
「案件は取れています。でも、月末の資金が読めません」
今回の相談は、この一言から始まりました。
相談に来られたのは、年商5,000万円台のIT受託会社です。
社員数は数名規模。外注パートナーも活用しながら、受託開発の案件を進めている会社でした。
契約形態は、人月型の準委任契約と、一部の請負契約が混在していました。
直近では、月商の1.5か月分ほどにあたる大口案件を受注していました。
見た目には、前向きな状況です。
ところが、社長の感覚は違いました。
受注は増えた。
売上見込みもある。
でも、手元資金には余裕がない。
特に気になっていたのは、案件開始から入金までの間に、外注費や人件費が先に出ていくことでした。
相談時に見えていた3つの不安
最初に整理したのは、社長の頭の中にあった不安です。
大きく分けると、次の3つでした。
1. 外注費が先に出る
大口案件の開始に合わせて、外部パートナーへの発注が増えていました。
外注先への支払いは、月末締め翌月末払い。
一方で、元請からの入金は、検収月の翌々月になる見込みでした。
つまり、案件は動き始めているのに、入金より先に支払いが発生する状態です。
売上としては見込めていても、現金として入ってくるまでには時間があります。
この時間のズレが、資金繰りを重くしていました。
2. 請負部分の検収時期が読みにくい
準委任契約であれば、月ごとの稼働に応じて請求しやすい場面があります。
しかし、請負部分は検収が前提になります。
テスト工程や仕様調整が長引けば、検収が後ろにずれます。
検収がずれれば、請求もずれます。
請求がずれれば、入金もずれます。
この会社でも、売上計画そのものが大きく崩れているわけではありませんでした。
問題は、売上になる時期と、現金が入る時期がずれることでした。
3. 採用判断も同時に進んでいた
案件が増えたことで、採用を進める話も出ていました。
採用そのものは、将来の売上や体制づくりに必要な判断です。
ただし、採用は直近2か月の資金余力を増やすものではありません。
むしろ、採用した直後は固定費が増えます。
そのため、今回の相談では、採用判断と直近の資金繰りを分けて整理しました。
「将来のために必要か」という話と、
「今の資金で耐えられるか」という話は、同じではないからです。
最初に見たのは、利益ではなく固定支出だった
この相談で最初に確認したのは、利益が出るかどうかではありません。
先に見たのは、入金までに会社が何か月分の支出を立て替える構造になっているかです。
案件開始後に発生する支出を整理すると、毎月の人件費、役員報酬、地代家賃などの固定費に加えて、最低限必要な外注費がありました。
それらを合わせると、月間支出はおおむね350万円から400万円ほどでした。
一方で、預金残高から、税金、既存借入の返済、未払費用などを引いて、自由に使える金額を確認しました。
その結果、実質的な資金余力は、2か月を少し超える程度でした。
この時点で、社長の不安は感覚だけではないとわかりました。
案件はある。
でも、検収が1か月遅れれば、固定費をまかなえる期間が一気に短くなる。
ここに、今回の資金繰りの問題がありました。
「受注があるから大丈夫」とは見なかった
今回、受注が増えていること自体は良い材料でした。
ただし、受注残は、今月末に使える現金ではありません。
ここを分けて見ないと、判断を間違えます。
受注があるから大丈夫なのか。
受注はあるけれど、入金までの間を借入でつなぐ必要があるのか。
それとも、借入より先に、請求条件や外注の入れ方を見直すべきなのか。
この整理をしないまま、追加借入だけを急ぐと、借りた後の返済が次の資金繰りを重くすることがあります。
反対に、借入を避けすぎても、月末資金が細り、必要な外注や採用の判断が遅れることがあります。
そのため、今回の支援では、最初から「借りる」「借りない」を決めませんでした。
先に、判断の前提になる数字を整理しました。
実際に整理した3つの判断材料
今回の会社では、主に次の3つを確認しました。
1. 固定費カバー月数は何か月あるか
まず、今ある自由資金で、固定費と最低限必要な支出を何か月まかなえるかを確認しました。
この会社では、検収が予定どおり進めば、資金余力は2か月台前半でした。
ただし、検収が1か月遅れると、1か月台後半まで落ちる見込みでした。
この数字を見ることで、社長の不安が整理されました。
「なんとなく不安」ではなく、
「検収が1か月遅れたときに、固定費カバー月数がどこまで落ちるか」
という具体的な論点になったからです。
2. 外注費を何か月立て替える必要があるか
次に、追加外注を入れた場合、回収までに何か月分の立替が必要になるかを見ました。
大口案件では、受注額だけを見ると判断を誤ることがあります。
大事なのは、その案件を進めるために、先にどれだけ支払いが出るかです。
今回の会社では、追加外注を入れることで案件粗利は確保できる見込みでした。
ただし、回収までに実質2か月を超える立替が必要になる可能性がありました。
つまり、採算の問題と、資金繰りの問題を分けて見る必要がありました。
利益が出る案件でも、入金までの立替期間が長ければ、資金繰りは苦しくなります。
3. 借入後も返済を含めて3か月先が持つか
最後に、借入をした場合の返済も含めて、3か月先まで資金が持つかを確認しました。
借入は、今月を越えるためだけに使うものではありません。
借りた後には返済が始まります。
その返済を含めて資金繰りが回るかを見ないと、数か月後にまた同じ不安が出てきます。
今回も、単に不足しそうな金額だけを見るのではなく、借入後の返済を含めた月次の資金繰りを確認しました。
そのうえで、必要なのは最大額を借りることではなく、検収遅れによるズレを埋めるための資金余力だと整理しました。
行った支援は、融資申請の前の「ズレの見える化」だった
この会社では、追加借入そのものを否定したわけではありません。
ただし、すぐに申請準備へ進むのではなく、先に次の整理を行いました。
- 準委任契約と請負契約を分けて、入金予定月を引き直す
- 外注費のうち、案件開始直後に先行する部分を切り出す
- 採用を進める場合と見送る場合で、資金余力を比較する
- 検収が1か月遅れた場合の資金繰りを確認する
- 借入後の返済を含めて、3か月先までの資金繰りを見る
この整理によって、論点が変わりました。
最初は、
「借りられるかどうか」
が中心でした。
整理後は、
「検収遅れ1回分のズレを埋めるために、何か月分の余力を持つべきか」
という話になりました。
ここが大事だと思っています。
借入額は、多ければ安心というものではありません。
少なければ健全というものでもありません。
会社の資金繰りの構造に対して、必要な余力を持てているか。
返済が始まった後も、判断の余地を残せるか。
その視点で見る必要があります。
今回の事例で重要だったこと
今回の会社では、売上がないことが問題だったわけではありません。
むしろ、案件は取れていました。
見積もりも通っていました。
外注先も確保できていました。
それでも資金繰りが苦しく見えたのは、入金より先に支払いが出る構造だったからです。
特に、請負部分の検収が後ろにずれると、売上計画は大きく崩れていなくても、現金の入り方だけが遅れます。
このズレを見ないまま、
「受注があるから大丈夫」
と考えるのは危険です。
一方で、
「不安だからすぐ借りる」
だけでも十分ではありません。
借入をするなら、何のために借りるのかを整理する必要があります。
今回で言えば、目的は売上不足を埋めることではありませんでした。
検収遅れと外注費先払いのズレを埋め、社長が次の判断を落ち着いてできる状態をつくることでした。
まとめ
受注が増えた直後に、資金繰りが苦しくなることがあります。
特にIT受託会社では、案件開始から入金までに時間差があります。
その間に、人件費や外注費が先に出ていくことも少なくありません。
今回の支援で整理したのは、主に次の3点です。
- 検収が1か月遅れたら、固定費カバー月数は何か月まで落ちるか
- 外注費を入れたとき、回収まで何か月分を立て替える必要があるか
- 借入後も、返済を含めて3か月先まで資金が持つか
この3点が見えないままでは、借入判断は感覚に寄りやすくなります。
逆に、この3点が見えてくると、
「借りる」
「今は待つ」
「請求条件を見直す」
「外注の入れ方を変える」
といった判断を分けやすくなります。
資金繰りの相談で大事なのは、借りられるかどうかだけではありません。
その借入が、会社のどのズレを埋めるためのものなのか。
返済が始まった後も、事業が無理なく続くのか。
社長が次の判断を落ち着いてできる状態になるのか。
今回の事例では、そこを整理することから始めました。
本事例は、実際の相談内容をもとに再構成したモデルケースです。
守秘義務の観点から、一部の数字や表現は調整しています。
同じIT受託会社でも、入金条件、外注比率、請負契約の割合、固定費の重さによって、必要な判断は変わります。
受注は増えているのに資金繰りが読みにくい場合は、まず、売上金額だけでなく、入金時期と支払時期を月ごとに分けて整理してみてください。