IT受託会社専門|資金戦略を設計する行政書士・外部CFO型パートナー
はじめに
案件は取れている。見積もりも通っている。
それでも、社長の頭から離れないのは「この2か月を本当に持てるか」という感覚です。
IT受託会社では、受注した時点ではまだお金は入ってきません。
一方で、外注費、人件費、採用費、場合によっては開発環境の費用は、先に出ていきます。
このズレは、決算書だけでは見えにくいことがあります。
特に、検収が予定より後ろにずれたとき、売上計画は大きく崩れていなくても、資金繰りだけが先に苦しくなることがあります。
今回は、大口案件の開始直後に資金余力が細ったIT受託会社について、追加借入を急ぐ前に何を整理したかを、モデルケースとしてまとめます。
相談の出発点は「案件はあるのに、月末が読めない」だった
相談に来られたのは、年商5,000万円台の受託開発会社です。
社員数は数名規模。外注も使いながら案件を回しており、人月型の準委任と、一部請負案件が混在していました。
直近で、月商の1.5か月分ほどに当たる大口案件を受注。
見た目には前向きな状況です。ところが、社長の感覚は逆でした。
「受注は増えたのに、手元資金はむしろ不安になった」という状態です。
背景にあったのは、次の3つです。
外注費は先に出る
案件開始と同時に、外部パートナーへの発注が増えました。
外注先への支払いは月末締め翌月末払い。
しかし、元請からの入金は検収月の翌々月。ここで、少なくとも1か月以上のズレが生まれます。
請負部分の検収が読みにくい
準委任であれば月次請求しやすい場面でも、請負部分は検収が前提です。
テスト工程や仕様調整で検収が後ろにずれると、請求のタイミングごと後ろ倒しになります。
採用判断が案件増加と同時に乗っていた
案件が増えたことで、採用も進める話が出ていました。
ですが、採用は将来の売上のための判断であって、直近2か月の資金余力を増やすものではありません。
ここを分けて考えないと、資金繰りの緊張感が見えなくなります。
問題は「利益が出るか」ではなく「先に何か月分の固定支出が出るか」
この場面で見直したのは、売上計画そのものではありません。
先に見たのは、入金までに会社が何か月分の支出を立て替える構造かという点です。
IT受託会社では、次の順番でお金が動くことが少なくありません。
- 稼働開始
- 人件費・外注費・採用費が発生
- 納品または検収
- 請求
- 入金
つまり、受注した瞬間に安心できるわけではなく、むしろ受注直後のほうが資金負担は重くなることがあります。
この会社でも、月次の固定支出と準固定支出を並べ直すと、
毎月の人件費・役員報酬・地代家賃などの固定費に加え、最低限必要な外注費を含めて、月間支出はおおむね350万円〜400万円でした。
一方、預金残高から、税金や既存返済、未払費用を考慮して自由に使える金額を引き直すと、
実質的な資金余力は2か月を少し超える程度しかありませんでした。
この状態で、検収が1か月後ろにずれるとどうなるか。
単純に売上が遅れるのではなく、固定費カバー月数が一気に1か月台へ落ちる可能性がありました。
よくある誤解は「受注が増えたのだから、借りなくても回るはず」という見方
ここでよくあるのが、受注増をそのまま安心材料にしてしまう見方です。
しかし、IT受託会社では、受注残と手元資金は同じではありません。
受注残は将来の売上の見込みであって、今月末に使える現金ではないからです。
もうひとつ多いのは、
「足りなくなったらその時に借りればよい」という考え方です。
これは場面によっては成り立ちません。
理由は単純で、資金が細った後は、経営者自身の判断が短期化しやすいからです。
本来は、採用を止めるのか、外注比率を調整するのか、請求条件を見直すのか、借入で時間を買うのかを分けて考えるべきです。
ですが、月末が迫ると、その整理が間に合わなくなります。
借入は、苦しくなってからの延命策として扱うより、
どのズレを埋めるために、いくら、どの期間の余力を確保するのかを先に決めるほうが判断しやすくなります。
実際に整理した判断基準
この相談では、「借りるか、借りないか」を先に決めませんでした。
先に置いたのは、次の数字です。
1. 固定費カバー月数が2.5か月を切るか
ここでいう固定費カバー月数は、
今ある自由資金で、固定費と最低限必要な支出を何か月まかなえるかを見る考え方です。
この会社では、検収が予定通りなら2か月台前半。
1か月遅れると1か月台後半まで落ちる見込みでした。
少なくとも、1.5か月〜2か月付近まで落ちる見通しなら、借入判断を具体化する余地が大きいと整理しました。
逆に、3か月以上を維持できるなら、請求条件の調整や外注配分の見直しで対応できる可能性があります。
2. 追加外注を入れたとき、回収までの立替月数が何か月か
大口案件では、受注額よりも、先に何か月立て替えるかが重要です。
この会社では、追加外注を入れると、案件粗利は確保できても、回収までに実質2か月超の立替が必要でした。
ここが1か月以内なら、既存資金で耐えられることがあります。
しかし、2か月を超えると、案件の採算とは別に、資金の橋渡しが必要になることがあります。
3. 借入後も返済を含めて3か月先が持つか
借入判断では、入金前の1か月だけを埋めても不十分です。
借りた後に返済が始まるからです。
そこで、借入後も、
返済額を含めて3か月先まで固定費カバー月数が大きく崩れないかを確認しました。
この視点がないと、「今月を越えるための借入」が、数か月後の判断をさらに重くします。
この会社で行ったのは、融資申請より先に「ズレの見える化」だった
最終的に、この会社では追加借入そのものを否定しませんでした。
ただし、先にやったのは申請準備ではなく、次の整理です。
- 準委任と請負を分けて、入金予定月を月次で引き直す
- 外注費のうち、案件開始直後に先行する部分を切り出す
- 採用を進める場合と見送る場合で、固定費カバー月数を比較する
- 検収が1か月遅れた場合の資金余力を先に見る
この整理によって、論点は「借りられるか」ではなく、
検収遅れ1回分のズレを埋めるために、何か月分の余力を買うべきかへ変わりました。
この順番は小さく見えて、実務ではかなり重要です。
借入額は多いほど安全とは限りません。
返済可能性まで含めて見ると、必要なのは“最大額”ではなく、構造上のズレを埋める額だからです。
業種差にも注意が必要
同じIT受託会社でも、資金繰りの重さはかなり違います。
Web制作に近い会社で、着手金や中間金が取れるなら、検収遅れの影響はやや薄まります。
一方、受託開発で請負比率が高く、しかも外注活用が大きい会社では、ズレは深くなりやすいです。
SES寄りで月次請求が中心なら、検収リスクは比較的小さいかもしれません。
ただし、稼働率が落ちた月の固定費耐性は別の問題として残ります。
つまり、同じ「月商○万円」でも、見るべきなのは売上規模ではありません。
入金条件、外注の使い方、請負比率、固定費の重さです。
まとめ
受注が増えた直後に資金繰りが苦しくなるのは、珍しいことではありません。
むしろIT受託会社では、案件開始から入金までのズレがある以上、自然に起こりうることです。
そのときに大切なのは、売上見込みで安心することでも、反射的に借入を増やすことでもありません。
まず、自社が何を何か月立て替える構造なのかを見直すことです。
検収が1か月遅れたら、固定費カバー月数は何か月まで落ちるのか。
外注を増やしたとき、回収までの立替は何か月分か。
借入後も返済を含めて3か月先が持つのか。
この3点が見えないままでは、借入判断は設計になりません。
逆に言えば、この3点が見えてくると、「借りる」「待つ」「条件を見直す」の分岐がかなり明確になります。
本事例は実際の相談内容をもとに再構成したモデルケースです。守秘義務の観点から一部表現を調整していますが、判断の構造自体は実務に基づいています。
資金戦略は、一般論で決められるものではありません。
同じIT受託会社でも、入金サイトや固定費構造によって最適解は変わります。
重要なのは、「借りられるか」ではなく「今、借りるべきか」を判断できる状態をつくることです。
まずは自社の数字を整理することから始めてみてください。
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