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相談前の状況
今回の事例は、受託開発とWeb制作を行うIT受託会社からのご相談をもとに再構成したモデルケースです。
売上は一定程度あり、既存顧客からの継続案件もありました。
一方で、案件ごとの入金時期にばらつきがあり、月末の外注費や人件費の支払い前になると、手元資金を細かく確認しなければならない状態でした。
経営者は、追加借入を検討していました。
ただし、相談時点での悩みは、単に「融資を受けたい」というものではありませんでした。
むしろ、
「このまま借入を増やしてよいのか」
「借りた後に返済を続けながら、外注費や採用費を出せるのか」
という判断の迷いがありました。
決算や税務については税理士に相談していました。
しかし、案件別の入金時期、外注費の支払い時期、既存借入の返済額、今後の採用予定まで含めた資金判断は、社内で十分に整理されていませんでした。
表面化していた課題
表面上は、運転資金の不足が課題でした。
入金サイトは、おおむね30日から60日。
大型案件では、検収後に請求するため、実際の入金までさらに時間がかかることもありました。
一方で、外注先への支払いは月末締め翌月払い、または案件途中での一部前払いが発生していました。
つまり、売上は立っていても、現金が入る前に支払いが先に来る状態です。
さらに、広告費や採用関連費も先に出ていきます。
受注を増やすための投資であっても、資金繰りの上では、まず手元資金が減ります。
この会社では、次の課題が重なっていました。
- 既存借入の返済が毎月発生している
- 外注費の支払いが売上入金より先に来る
- 案件が増えるほど、一時的に資金が心もとなくなる
- 採用や広告投資を続けるべきか判断しにくい
- 追加借入の必要額を感覚で見ていた
「借りられるかどうか」だけを見れば、資料を整えて融資を申し込むという発想になりやすい場面です。
しかし、この事例で先に必要だったのは、融資申請そのものではなく、資金の流れを見える形にすることでした。
実際に見えていた本質的な問題
本質的な問題は、資金不足そのものではありませんでした。
問題は、借入判断の前提となる数字が整理されていなかったことです。
売上、粗利、利益は確認されていました。
しかし、IT受託会社の資金繰りでは、それだけでは足りません。
重要なのは、
いつ入金されるのか。
いつ支払いが出るのか。
返済後に、何か月分の固定費が残るのか。
という点です。
月商だけを見ると、大きな問題は見えにくい状態でした。
しかし、案件別に見ると、入金が60日以上先になる案件と、外注費の支払いが先行する案件が重なっていました。
さらに、毎月の返済額を差し引いた後の資金余力を確認すると、繁忙月の直後に手元資金が急に心もとなくなる月がありました。
IT受託会社では、受注が増えたからといって、すぐに資金が楽になるとは限りません。
外注費、人件費、広告費が先に出るため、成長局面ほど資金が詰まりやすくなることがあります。
この点を見落とすと、追加借入をしても、数か月後にまた同じ不安が出てきます。
問題は借入額だけではなく、借入後の返済と投資の順番が整理されていないことにあります。
実際に行った支援
この事例では、融資申請だけを切り出すのではなく、借入判断に必要な材料を整理しました。
まず確認したのは、次の資料と予定です。
- 直近の試算表
- 既存借入の返済予定
- 主要案件の請求予定
- 外注費の支払い予定
- 採用や広告費など、今後の投資予定
そのうえで、今後6か月から12か月の資金繰りを、月単位で見える形にしました。
特に確認したのは、次の点です。
- 売上入金が遅れる月の資金残高
- 外注費と人件費を支払った後の残高
- 既存借入の返済後に残る資金余力
- 広告費や採用費を入れた場合の資金の減り方
- 追加借入をした場合の返済負担
ここで重視したのは、「いくら借りられるか」ではありません。
借りた後に、月々の返済を続けながら、必要な外注費や採用費を出せるか。
次の案件の入金まで、固定費を何か月分カバーできるか。
その判断材料を整えることでした。
また、事業計画書についても、売上目標を大きく見せるのではなく、資金構造が伝わる内容に整理しました。
受注見込み、入金時期、外注費率、固定費、返済予定を分けて記載し、返済可能性と資金余力を説明できる形に近づけました。
なお、この事例は金融機関との交渉を代理したものではありません。
行ったのは、経営者が借入方針を判断するための資料設計と、事業計画書作成の支援です。
支援後に整理されたこと
支援後、経営者の中で整理されたのは、追加借入をするかどうかだけではありませんでした。
まず、必要資金の考え方が変わりました。
それまでは、
「足りなくなりそうだから借りる」
という見方でした。
支援後は、入金サイト、外注費の先払い、返済額、固定費カバー月数から逆算して、必要額を考える形に変わりました。
たとえば、次のような問いを数字で確認できるようになりました。
- 固定費の何か月分を最低ラインとして残すのか
- 大型案件の入金が1か月遅れても、返済と支払いを続けられるのか
- 広告費を増やすなら、何か月後の売上回収を見込むのか
- 採用した場合、給与支払いが始まる月に資金が残るのか
- 追加借入後の毎月返済は、資金繰りを圧迫しすぎないか
また、借入後の使い道も整理されました。
単に手元資金を厚くするのではなく、
外注費の先払いに備える資金、
既存返済を見ながら残す資金、
投資に回せる資金を分けて考える形です。
結果として、経営者は「借りるか、借りないか」ではなく、
「どの条件なら借入が経営判断として成立するか」
を検討できる状態になりました。
この事例から見えること
IT受託会社では、利益が出ていても資金繰りが苦しくなることがあります。
理由は、売上と入金のタイミングが同じではないからです。
受託開発やWeb制作では、検収後に請求し、その後に入金される流れが少なくありません。
一方で、外注費、人件費、広告費は先に出ていきます。
そのため、受注が増えるほど、先に必要な資金も増えることがあります。
借入判断で大切なのは、「いくら借りられるか」だけではありません。
次のような点を確認する必要があります。
- 入金サイトは30日か、60日か、それ以上か
- 外注費は売上入金より前に出ていないか
- 毎月の返済後に、固定費何か月分が残るか
- 売上が増えたときに、先行支払いも増えていないか
- 採用や広告投資をしても、資金余力が残るか
特に見落とされやすいのは、返済後の資金余力です。
借入直後は手元資金が増えます。
しかし、返済は毎月続きます。
その返済を差し引いた後に、固定費を何か月分持てるのか。
この数字を見ないまま借入を増やすと、数か月後に資金繰りが再び苦しくなることがあります。
借入は、経営を前に進めるための選択肢になり得ます。
ただし、不安を理由に借入額を増やすだけでは、根本的な不安は残ります。
大切なのは、自社の入金と支払いの流れを見たうえで、今借りるべきか、いくらまでなら返済に耐えられるか、借入後にどの投資を優先するかを整理することです。
IT受託会社の資金戦略は、一般論では決められません。
同じように売上が伸びていても、入金サイト、外注費率、固定費、既存返済の状況によって、必要な判断は変わります。
まず確認すべきなのは、借りられる金額ではなく、返済後に事業を続けられる資金余力です。
※本事例は、実際の相談内容をもとに再構成したモデルケースです。守秘義務の観点から一部表現を調整していますが、判断の構造自体は実務に基づいています。