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はじめに
複数の案件が同時に動き始めると、売上見込みは増えます。
見積書上の利益も悪くない。
案件ごとに見れば、赤字ではない。
むしろ、受注状況だけを見れば順調に見えることもあります。
ところが、月末の支払い予定を並べてみると、外注費、人件費、広告費、ツール費、サーバー費が先に出ていきます。
入金は60日後、あるいは検収後。案件が増えたことで、かえって資金繰りが読みにくくなる場面があります。
ここで見るべきなのは、売上の大きさだけではありません。
複数案件が同時進行したときに、会社全体の資金が何か月耐えられるかです。
この記事では、IT受託会社が複数案件を抱える局面で、案件別採算だけでは見えない資金ショートの判断基準を整理します。
複数案件が黒字でも、会社全体の資金が詰まる理由
案件単位で黒字かどうかを見ることは大切です。
ただし、それだけでは資金繰りの判断には足りません。
なぜなら、利益と現金の動きは同じではないからです。
たとえば、A案件は粗利30万円、B案件は粗利50万円、C案件は粗利40万円。案件別に見れば、いずれも利益が出る見込みだとします。
しかし、外注費の支払いが今月末、広告費が来月初、ツール費やサーバー費が毎月発生し、入金は検収後の翌々月になる。こうなると、利益が出る前に現金が出ていきます。
このズレが、複数案件で同時に起きることがあります。
IT受託会社では、案件が増えるほど資金が安定するとは限りません。
むしろ、支払いの山が先に来ることで、一時的に資金余力が薄くなることがあります。
案件別採算だけでは見落とす「時間差」
利益は案件単位、資金は会社単位で動く
案件別採算とは、案件ごとに売上、外注費、人件費相当、粗利を見て、採算が取れているかを確認する考え方です。
これは必要です。
ただし、資金繰りを見るときは、もう一段視点を上げる必要があります。
会社の預金口座は、案件別に分かれていません。
A案件の外注費、B案件の広告費、C案件の人件費、全社共通の家賃や役員報酬、社会保険料、クラウドツール費が、同じ口座から出ていきます。
一方で、入金日は案件ごとに異なります。
月末締め翌々月払い。
検収後請求。
クライアント都合による確認遅れ。
このような条件が重なると、案件別には黒字でも、会社全体では一時的に資金が詰まります。
入金サイト60日は、複数案件で重くなる
入金サイトとは、請求してから実際に入金されるまでの期間です。
IT受託では、月末締め翌月末払い、または翌々月払いの条件も珍しくありません。
入金サイトが60日ある場合、今月動いた仕事の現金化は2か月後になります。
単独案件なら耐えられるかもしれません。
しかし、複数案件が同時に立ち上がると、支払いだけが先に重なります。
特に注意したいのは、次のような費用です。
・外注エンジニアやデザイナーへの支払い
・広告運用費や制作前の媒体費
・サーバー、SaaS、開発ツールなどの固定的な利用料
・正社員や業務委託メンバーの人件費
・案件管理に伴うディレクション工数
これらは、売上入金より先に発生しやすい費用です。
案件が増えたときほど、「利益が出るか」だけでなく、「入金までの期間を資金で支えられるか」を見る必要があります。
よくある誤解:「案件が増えたから借りる」では足りない
複数案件が重なったときに、すぐ借入を検討する会社もあります。
その判断自体が間違いとは限りません。
ただし、「案件が増えたから借りる」という理由だけでは、借入額やタイミングを決める根拠としては弱いです。
見るべきなのは、案件数ではありません。
支払いが先行する期間を、何か月耐える必要があるか。
返済が始まったあとも、資金余力が残るか。
この2点です。
借入は、資金不足を一時的に埋める手段になります。
しかし、返済が始まれば毎月の固定支出に近い負担になります。
そのため、借入判断は「融資が通るか」ではなく、「返済開始後も資金余力がどの程度残るか」で見る必要があります。
ここを見ないまま借りると、受注が増えているのに、毎月の返済で資金が薄くなることがあります。
判断基準は「月次資金繰り表」と「固定費カバー月数」
月次資金繰り表で、入出金の山を見る
複数案件を抱える会社では、試算表だけでは判断が遅れることがあります。
試算表は、売上や利益を見る資料です。
一方、月次資金繰り表は、毎月いくら入って、いくら出て、月末に現金がいくら残るかを見る表です。
複数案件同時進行時には、最低でも3か月先、できれば6か月先まで見るのが現実的です。
たとえば、次のように並べます。
・今月の外注費支払い
・翌月の人件費、広告費、ツール費
・翌々月の売上入金予定
・返済予定額
・月末預金残高
この表を作ると、「黒字のはずなのに、来月末だけ資金が薄い」という局面が見えてきます。
その一時的な谷をどう越えるか。
ここが資金戦略の論点になります。
固定費カバー月数を見る
固定費カバー月数とは、現在の資金で何か月分の固定費を支払えるかを見る考え方です。
たとえば、毎月の固定費が300万円で、手元資金が600万円なら、固定費カバー月数は2か月です。
IT受託会社の場合、固定費には次のようなものが含まれます。
・役員報酬、給与、社会保険料
・家賃、通信費、会計・労務費用
・サーバー費、クラウドツール費
・最低限必要な外注費
・既存借入の返済額
ここで大切なのは、固定費をきれいに分類することではありません。
案件が止まったとき、入金が遅れたとき、追加外注が必要になったときに、何か月耐えられるかを見ることです。
資金余力別の判断基準
複数案件を同時進行する場合、資金余力は少なくとも3段階で見ます。
資金余力1か月未満
固定費1か月分を下回る状態です。
この状態で複数案件を増やすと、入金遅れや検収遅れに対する余白がほとんどありません。
案件が黒字でも、外注費や人件費の支払いが先に来れば、すぐに資金判断が迫られます。
この段階では、新規受注の可否より先に、支払い時期、入金条件、外注費の発生タイミングを見直す必要があります。
借入を検討する場合も、金額だけでなく、返済開始月の資金残高を確認しなければなりません。
資金余力1〜2か月
一定の余白はありますが、複数案件の立ち上がりが重なると薄くなりやすい水準です。
特に、入金サイト60日と外注費先払いが重なる場合、2か月分の資金があっても安心とは言い切れません。
この段階では、案件ごとの利益率よりも、月別の入出金の偏りを見ます。
「来月末だけ資金が落ちるのか」
「3か月連続で資金が減るのか」
「返済開始後に1か月分を下回らないか」
この違いで、借入の必要性や金額は変わります。
資金余力3か月以上
固定費3か月分以上の資金がある場合、一定の耐性があります。
ただし、安心してよいという意味ではありません。
複数案件が同時に動くと、外注費や広告費が一時的に大きくなります。
大型案件の検収が1か月ずれただけで、資金余力が2か月分以下に落ちることもあります。
この段階では、借入の有無だけでなく、どの案件にどこまで先行投資するかを判断する余地があります。
資金を使える状態と、使ってよい状態は違います。
ここを分けて見ることが必要です。
モデルケース:案件は増えたが、月末資金が落ち込む会社
年商5,000万円台のWeb制作会社を想定します。
月に3〜4件の制作案件が動き、外注デザイナー、コーダー、広告運用担当を案件ごとに使っています。案件別の粗利は確保できています。
しかし、ある月に大型案件2件と保守案件の改修が重なりました。
売上見込みは増えました。
一方で、外注費の支払いは当月末と翌月末に集中。入金は検収後、翌々月です。
月次資金繰り表を作ると、2か月後には入金で回復する見込みがあるものの、翌月末の資金余力が固定費0.8か月分まで下がることが見えました。
この場合、論点は「売上が伸びているから大丈夫か」ではありません。
翌月末の0.8か月をどう見るか。
検収が遅れた場合に、さらに何日耐えられるか。
返済が始まった場合、その後も1.5か月以上の余力を残せるか。
判断すべきなのは、そこです。
本事例は実際の相談内容をもとに再構成したモデルケースです。守秘義務の観点から一部表現を調整していますが、判断の構造自体は実務に基づいています。
業種差:同じIT受託でも、資金の詰まり方は違う
IT受託会社といっても、資金構造は一様ではありません。
Web制作会社は、外注費や広告関連費が先に出やすい傾向があります。
受託開発会社は、人件費と開発期間の長さが資金に影響します。
運用保守が多い会社は、売上は安定しやすい一方で、固定費が積み上がりやすくなります。
人月モデルの会社では、稼働率の変動も重要です。
人月モデルとは、人の稼働時間をもとに売上を立てる考え方です。
稼働率が下がると、給与や外注費は残ったまま売上だけが落ちます。
複数案件を抱えていても、特定メンバーに工数が偏れば、追加外注が必要になることもあります。
つまり、見るべき数字は会社ごとに変わります。
案件別粗利だけで判断できる会社もあれば、固定費カバー月数を重く見るべき会社もあります。
広告費前払いが大きい会社では、入金サイト以上に先行支出の山が問題になることもあります。
まとめ:複数案件の増加は、資金戦略の見直し時期でもある
複数案件が同時に動くことは、成長の兆しでもあります。
ただし、IT受託会社では、案件数の増加がそのまま資金の安定につながるとは限りません。
外注費、人件費、広告費、ツール費、サーバー費が先に出て、入金が60日後になる。そこに検収遅れが重なれば、黒字でも資金が詰まることがあります。
見るべきなのは、案件ごとの利益だけではありません。
会社全体として、月末にいくら残るか。
固定費を何か月カバーできるか。
返済開始後も、資金余力が残るか。
この順番で見ると、「借りられるか」より前に、「今、借りるべきか」「いくらまでなら返済に耐えられるか」という判断がしやすくなります。
複数案件を抱える局面ほど、資金戦略は感覚ではなく、月次の数字で見る必要があります。
資金戦略は、一般論で決められるものではありません。
同じIT受託会社でも、入金サイトや固定費構造によって最適解は変わります。
重要なのは、「借りられるか」ではなく「今、借りるべきか」を判断できる状態をつくることです。
まずは自社の数字を整理することから始めてみてください。